machibari

脳髄の思うままに。

やっっっと自分の上達の法則が分かった

ギターは何とか続いている。

最近、麻倉ももさんの「明日は君と。」が弾けるようになってきた。

Bのコードで指がもつれるのと、右手側の練習を一切していないのでそれも課題ですね…

 

前まではダイヤグラム上下逆さまに読むオオボケをかましたり、一時期全く触れなかったりした中、何とか続いて、それなりにできるようになってきた。(僕の中のそれなり、の基準は非常に低いので、下手くそでも、それなり。)

でも、チビリチビリと触っている絵はなんかそこまで、上手いこといっていない。

え~なんでだ。と思ってたんですが、やっと気が付きました。

理由としては2つある、と思います。

 

1つは絵の吸収を一切していなかった。

絵を見たところで「かわいい~」だとか「すんげー」で完結していたんですよ。

たぶん、そっから「じゃあ、おれはたぶんこういうところが、かわいいとおもってるんだな。」って思ってトレスだ模写だのをして練習しなければならなかった。

フィギュアに例えると、写真だけでみて「はぇーすんげーかわええな」って思ってるだけ。

ここどーなってんだ、とスカートの下のぞき込むようなことをするべきだった。(この例えは正しいのか?)

そして、文章がなんかえらく最近褒められる

(とはいえ、括弧を使って書くような真似を始めたせいで、もしかしたらもう評価は地の底まで落ちている可能性はあるのだが。)

のも、たぶん、本から吸収してるからだ。考えながら読めば、それなりに単語が入ってくれるから。

ギターは吸収というか、単純にできるだけ原曲の真似をしたらそれっぽくできるようになってるので、原曲聴いたら吸収にはなってると思います。いやしらんけどな。ガハハのハ

 

2つは何がしたいか、が曖昧過ぎた

例えば、ギターであったら「明日は君と。」を弾けるようになる、というのが「なんでギター触るか?」の理由だった。

このメモも、「なんで書こうと思ったん?」って問われたならば、「自分の上達の方法がわかったしメモっとこw」ってのが理由。

じゃあ絵は何考えてたかっていうと、「とりあえず、まあ、なんか、かわいい絵がかけたらいいかなぁ」

(これでできてしまうようなウルトラ人間もいるにはいるらしいが、それは僕のようなタンパク質とは絵に割いた時間や、脳みそのニューロン数が5億くらい違う上に、千手観音だそうなので、僕のような平々凡々なタンパク質がこのような浅い考えで絵を描こう、というのは不可能どころじゃあ、ない。)

そう。上の括弧で言ってしまった。「何を描く!」と決めてないせいで、夏の夜、街灯を求めてふらりふらりとさすらう羽虫の如く、定まらない気持ちで挑んでしまい、いつまでも「こうではないなぁ」と、どこにもない正解を求めてしまうのだ。

そもそも絵に正解なんてないから思ったこと描けばいいんだけど、何を思ってそれを描いたかってのが薄い…。

 

個人的には、絵は、その人物や物に対して思っていることや、その人物や物自身が思っていることが見事に伝われば、それはいくら下手だろうが、どこか魅力はあるんじゃないかなーとおもいます。

僕はその辺が曖昧すぎた。根性論っぽくはあるんですけどもね。でもやっぱりこういうのは気持ちの問題ではある。

あ、この文章くっせえな。眠いんです。許してください。ここ飛ばしていいですよ。

 

さて、これまた話が変わるんですが、近所のギャラリーでとても綺麗な人形を作る方がいらっしゃって

その人は「プロボクサーの方に人形を贈りたかったが、どうも筋肉質な体系を再現するのが難しくて、外国人のゲイポルノ見ながら作った」だとか、そんな感じの方ですごく面白かったんですが、その人が何度も言っていたのが、

「この作品がいいな、と思ったら心でシャッターを切って、持ち帰る。技術に著作権はないからどんどん使っていこう」

ってことでした。

た、たしかに、目の書き方ひとつとっても、pixivぐるりと見渡すだけでごまんどころじゃないくらいに、ある。

おれが、いろんな人の絵のすきなところを取っていったら、すごいものができそうだなぁ。

 

奇跡的に、僕には(明日、もしくは近い将来交通事故で死んだり、気がくるって自殺でもしない限りは)寿命があるので

その間で、なんとかしてやろうとおもいます。

いや、絵だけじゃなくて、スマブラも。ね。フォックスはまさに吸収で育ちそうだ。ガハハ(あくまでスマ勢ということを主張していく立ち回り。)