サイド・ロード

相も変わらずしみったれ

この気持ちを誰に伝えたいんだ?

 今更ながらこのブログのタイトルは「まちばり」である。

 これに対して何か深い意味があるのか?と聞かれると本当に何もないわけで、ある日神様から

「オメー、ブログタイトルは「まちばり」、ナ。」

という啓蒙を受けたがごとくに決定したものの、個人的にすごく気に入っていて、意味はないのに意味がありそうな「含み」が僕は大好きなのだ。

 しかし、僕は特にこれについて意味を考えていない。各々で「まちばり」の意味についての考察は行われているだろう。しかし本人が会って聞かれたときに

「え…へ…あ…しらん…なんでだ…?」

では間抜けで仕方がない。なので、今のうちに考えておこうと思うのだ。

 

 この世あまねく人間ほぼそれぞれに、「表現欲」というものはある。少なくとも、僕の中には確かにある。なかったら、今パソコンを膝にのせてはいないと思うから。

 それの原動力というものは本当にいろいろあるのだが、「伝えたい」という気持ちが表現の根本にあるのは間違いではない。

 自分が「伝える」ためには相手が絶対に必要である。リアルタイムのあるなし関わらず、見る人、伝える先の人がいて初めて「伝える」ことができる。

 しかしだ、釈迦に説法、馬に念仏といったように、

「レベルの高い相手にレベルの低いことを伝えても意味がない」

「レベルの低い相手にレベルの高いことを伝えても意味がない」

のだ。

 だいたい、何か絵でも音楽でも小説でも動画でも、

「だれに、どこを見てほしいのか」

「それによって、自分の伝えたいことは伝わるのか」

「そして、それが伝わることによって自分は満たされるのか」

何か作る上では、これらを絶対に忘れちゃいけない。と思う。

 

 えーと、しまった。なんか早々とまとめちゃったから、まちばりどうこうの話を入れ損ねてしまった。

 つまり、つまりね、まちばりというのはね、パッチワークするためにいったん留めてるってわけでね、

「いつか我が体に定着する何かを、我が体から抜け落ちないように、留めておく」

ということなんだね。

 つまりね、僕はですね、えー、物覚えが悪くてですね、ほら、いろいろと定着しないじゃないですか。スマブラも絵もほら、あんまりうまくないでしょ?

 でもね、こう、思い返すためにここにはっつけておくことでね、ほら!忘れない。さっき書いた上の…なんだっけ?あの忘れちゃいけない三つをね、忘れないようにまちばりをこう…

グサッ!

と、いくわけなんだよ。わかるかい?これで僕は自分のブログを見返せばすべてを思い出すことができるんだ。数か月前のスマバトも、一年前のスマバトも、GCコンのことも。

 つまりね、僕はね、僕に対して文章を書いてるんだよね。

 で、そのパッチワークした布をね、ぺろんってひろげてるだけなんだよね。だからね、いつか抜け落ちちゃうかもしれないけれど、でも今ここにあるものって意味なんだよね。ほら、「過去は過ぎ去りもうない。未来は未だ来ずまだない。」ってちょっとまえブログのサブタイにしてたけど、つまりさ、そういうことなんだよね。うん、そういうことなんだよ。

 うーん、これだったら、まちばりじゃなくて「コルクボード」でいいよなぁ。神様、教えてくだされこの意味を。