サイド・ロード

いつでも戻れるようにパンを撒いてゴー

山吹凱治矯正ギプス

 早速の本日2つ目の記事である。ノリノリだな、そんなにペンを使いたいのか、と言われればそういうわけではないのだが、こういうのを書くときは「ふと」思い立った時がちょうど良いような気がする。そういうわけです。

 最近、ばくぜんと思うことがある。絵が上手くなりたいな、ということだ。しかしまあ、最近ペンを以ってはうんにゃうんにゃと考えて何も出ず、結局音楽キャンキャンシャリシャリ鳴らしながら寝る、という堕落した毎日ではあるのだが。

 そもそも論で考えよう。なぜ絵がうまくなりたいのだろう。そうして考えるとなぜだ、出てこない。でも絵を描いたら喜ばれたりするじゃないですか。あの感じは好きですよ。でも、そもそもに対しては答えが出ない。

 こういうのは、別のことを考えたら出てくる可能性が高かったりするのだ。絵がうまくなるためには、私はどうすればいいのだろうか。

 自身の「上手くいった!」という経験から考えてみよう。とは思ったが、そもそも自分上手くいったと思えることがこれといって見つからないのだ。困ったことに。仕方がないので、スマバトで予選を初めて、一度だけ抜けたときのことを思い出して書こう。人生で大切なことは、スマブラが教えてくれたのだ。

 オフに行ってはストイックに悪いところを潰し、そしてインプットに当てる時間=対戦を見て考える時間を増やしていたように思える。そしてなにより、そこにはShogunさんが京都民として参加する最後のスマバトだった、というやる気を起こさせる何かがあったがゆえに、これらの行動を起こしていたのである。

 それ以外に日ごろからやっていたことがあるとすれば、メモだけは本当に前より積極的に取り組んだ。自分の不十分なところ、うまくいったところ、そしてほかの人のを見てよく思うところをメモしていた。思えば、こうして「書き記す」ということもそこから来ているのかもしれない。思っていたより、自分が考えを文章化していた時間は長い。

 つまり、やる気を起こさせる何かを持ちながら、悪いところを潰し、インプット=観る(それも漠然とではなく)ことを増やし、そして出力する。こうすればどうにかなってくれるんじゃないだろうか。

 そして、こうして文章を書くことの根になった「書き記す」ことのように、今度は「絵」を使ってみたいと思う。日常に取り入れることで、手段を使う機会は増す。こうして書いているように、描くことをするのは重要。

 さて問題はインプットである。漫画は高いのだ。私が本を読む理由は、「安いし面白いから」である。今のかわいい絵の者は例外なく高いのだ。この問題についてはまた考えることにする。

 そして、最初のそもそも、だ。僕はなぜ、絵が上手くなりたいのか。

A:かわいい女の子が描けたら、楽しそうだから。

 つまり、そういうことである。将来もし、自分の性欲による上記理由がなくなった時が本当に怖い、すべての情熱を失いかねないのでこの真理には到達したくなかったのだが、おそらくそうなったときには「下の年齢の性欲のある奴にかわいい女の子を書いてやるため」とか、よくわかんないことになってるかもしれない。とりあえず、今んところの結論はそんなかんじです。

・・・こっから先が不安でしょうがないっ!!

 

原稿用紙3枚

・一人称が不安定

・文章で核心となるキーワードについて、「書き写すときに気が付いて付け足した」うえ、ほかのところもそんな感じで書いて原本とはかなり違うものができている。

・タイトルで内容が全く把握できない。

以後気を付ける。次のスマバトのオフレポはイラストとか混ぜ込んでみてもいいかもしれませんね。試みはいっぱいしたほうがたのしい。