サイド・ロード

相も変わらずしみったれ

俺のGenius

 中島らもの「あの娘は石ころ」を読んでいると、印象的な言葉に出会った。

 この人はコピーライターとして世に出る前、簡単な養成教室に「知り合いが行ってて、そいつにだけ賢くなられるのが嫌だから」という理由で通い、そして講師がどのような人物かを分析してコピーを書き、優秀賞を取って、「この業界なら明日からでも食べていける」と確信して仕事を退職し、フリーのコピーライターになった。

 そういう経歴が書かれた後の一言が、なかなか印象的に残った。

「大事なのは自分の才能を冷静に見極めること。そして見極めたならそれを信じること。たぶんこの2つである。」

 自分の才能について考えるのはなかなか難しいな、とは思う。これを10代が抱えるアレと言ったら本当に青臭い軽薄なもので嫌になるのだけれど、自分には何がもっともできることなんだろう、とは常々思っている。

 誰も彼もに言われることが「面白い」という一言なのであるけれども、別に僕は芸人になりたいわけでもない。そもそも、僕自身が面白くしようとして面白くなっているわけではないのだから、当人が真剣に書いているのに面白くなってしまっては、それは真剣な場において考えると、空気感を壊す存在になってしまって煙たがられる。そういう存在はいてもいい、むしろいるべきだ、みたいに言う人は言うけれど、言われてる側からすれば、あのしらじらとした空気感ほど自身の軽薄さや、異常さを知覚させられるものはないのだから困る。

 そして欲しい才能を一つ授けようと言われたら何を望むか、と考えるとやっぱり絵画の能力が欲しい。なにせ、目に入った時点でその感動を与えることができる、というのは本当に羨ましい。その間に言語が必要ない、という点もだ。別に世界に向けて発信したいとかそういうわけはないのだけれども、文章で発信するとなると、どうしても読む時間を相手にお願いしているわけだから、長くなってしまうと申し訳なくなってしまう。

(もちろん、これは別に小説やエッセイなど、表現手段としての文字を悪く言っているわけではない。それはそれとして美しさはあると思うけれど、僕の「いいなー。」の一言を長ったらしく書いただけ。じゃあ絵を練習しろよって話ですけれど。)

 だけども正直半分くらい諦めているところはある。ワンドロなんてものを嗜んでみようと思って2時間くらい頑張ったつもりでウキウキしてタイマーを見たら30分しか経ってなかったのである。もうこれは忍耐力の才能を授けていただいたほうが、ある程度応用も効くし便利なのかもしれない。

 何一つ分析することもできず、ただただ願望のみを書き連ねた駄文になってしまったが、そもそも、いま風邪をひいていて冷静どころではないのだ。冷静になる前に、冷静にすべき状況なのに、冷静な分析などできるわけが・・・書いてて頭がクラクラしてきた。寝よう。寝ます。