サイド・ロード

相も変わらずしみったれ

かみ合わないことに対しての幻想

 気難しいタイトルにしたのは別にかっこいいこと書こうとしてるんじゃなくて、綺麗なタイトルを書く練習をしたいと思ったからです。とくに深い意味はない。

 

 自分の作品もそうだけど、好きなものには「男の娘」「ロリ」「ショタ」「百合」が個人的に多い気がしている。これに関しては単に「かわいいものが好きなだけ」だと思っていたのだけれど、最近の「男性と女性間で友情は作れるのか」という話題を見て、自分がどうしてこういったものが好きなのかがわかった。

 僕は自分の中の、「雌雄の引き合い」というものに対して大きく嫌悪していること。

 要は、人間らしく動物らしくもあり、単純で面白くもないそれに対して大きく嫌な感情を抱いているということ。

 この「単純で面白くもない」というところが僕の一番いやなところである。僕は天邪鬼な人間で、なんとなく「右向け右」が嫌でありながら、しかしそれに従いつつも内心に孕むしょうもない、バカみたいな反骨を大事にするような人間である。

 そんなわけだから、雌雄の引き合いというものについては嫌っている。本当に嫌だ。自分がただの人間ということを知覚させる瞬間。青年的感情なのかもしれない。若さからくるもので、歳を取ればそういったことも忘れてしまうのかもしれないけれど。

 路傍の石でありたくないというのは多くの青年の抱く幻想である。最終的に僕を含む彼らは現実を前にそれを受け入れ、そして社会に溶け込み、路傍の石さりとてその中でもっとも輝こう、輝かせようとするものである。

 単純に、男である、女である。そういった型を作って、そしてその範囲の中で、それは神の決めた定めの中で、好き勝手するというよりかは、その外へ、人間としての愛への幻想を、大事にしたい。そういう深層心理なんじゃないかと思う。

 僕は自分で言うのは最悪だが、まだ若い気がする。それに、異性との対話も少なかった。そういう幻想を抱く、一種倒錯したものについては、今後考えも変わってくるだろうけれど、現在、思うのは、自分の中でもそういった、雌雄の引き合いについては思う節があるということ。本当に悔しい。自分は一般的な人間なのだ。

 疲れているのでよくわからん文章になってしまった。絶望まではいかないが、夢見ているものに近づけたら、と思う。頭が回っていない。休もう。