サイド・ロード

相も変わらずしみったれ

セミが鳴いてから桜が咲くまでについて

 財布の中から、10円玉を選んで証明写真の撮影機に流し込む。10円玉をトレーに大量に置くあの時間、店員さんとの間に流れる空白の時間が耐えられない僕は、できるだけ支払いに時間をかけずにしたいのもあって、お札、100円玉を乱用する。結果、10円、5円、1円が溜まって、財布は重量によって存在感を放つ。

 だから、機械にいつも犠牲になってもらう。

 小銭を吐き出して軽くなった財布の中を覗く。明日の入学式を前に、提出しなければならない学籍原簿の証明写真にかける金。それがなくなって現れる現実。自分の管理能力の無さ、極めて危機的状況に立たされていることだけがはっきりとする。

 立方体の密室で考えたこと。これまで何人にもそうさせてきたであろう。5秒とすれば忘れてしまいそうな、印象の薄い女性の機械音声に言われるがまま、カーテンを閉める。マジックミラーのコートがされている。きっと奥にはカメラがあって、僕を一方的に監視している。自分の顔を改めて見る。日々。切り刻まれた金太郎飴の一面。その、「2018/04/02」の顔を見る。特に浮かぶ感情はなかった。自分に向ける感情が思い浮かぶほどに変貌していたわけではなかったから。

 入学通知が来たのは去年の終わり頃だった。特段その学校に行きたくて必死に努力したわけではなかったが、家系が世間体を比較的気にするような人たちだったための通学。僕は勉強が嫌いだったので、芸術系、コミュニケーション入学、と真面目に、必死に勉強したのに報われなかった人に、これでもかというほど殴られてしまっても文句の言えない入学手段。受かった時の感動よりかは、あくまで自分が世間のレールからブレきらなかったことについての安堵の方が大きかった。

 それで安心した僕のそれからの学生生活は、元から身に入らなかった勉強をさらに嫌い、学校のすべての授業時間を読書に費やした。周囲が勉強に打ち込み、話題もいわゆる「意識の高い」ものになってきた一方、僕は大槻ケンヂを読んで笑いを堪えていた。

 スマブラ大会にも行った。友人とミリオンのライブにも行った。僕の中の、大学に対しての焦りは、本当に僕の内側から湧いたものだったのかな、と今思い返してもわからない。ただ、結果として自分が18になって、そして大学に通うことになったということだけ確か、というのが怖い。

 結局、自分は適応できるのだろうか、という悩みだけがそこにある。何か明確に適応できていない、と診断されたわけではない。しかし、この証明写真に金を入れた瞬間、僕の財布の中は1枚の野口しか残らなかった。これであと一ヶ月を過ごす必要がある。この、計画性のない人間が、どうやってあとの人生を生きていくことができるだろうか?

 僕はそう思った。ストロボが数度閃光を炊いたのち、箱の中には陰鬱な空気のみが残る。早く出てしまおう。そう思って、頭頂部と顎の位置を合わせる。赤い線と緑の線に、2018/04/02の僕が挟まれる。計画性のない人間の顔。ぴっちりと顎のしたを横切る赤い線を確認して、さっさと印刷して帰ろう、と思ったその時だった。

「あっ、唇にケチャップついとる・・・」

 彩度とコントラストの薄いマジックミラーで見たときは全く気がつかなかったが、確かに、僕の唇の周りは若干赤く染まっている。真面目な顔が、逆に滑稽に映る。もう取り直しができる画面へと戻ることはできない。撮り直すためには、もう一度、800円を入れる必要がある。

 しかし、しかし、だ。財布の中には1000円しかないのだ。そんなこと、やってしまえば、あとの30日を200円で過ごさなければならない。

 僕は仕方がないので、そのまま印刷した。

 そして、水のりで少しゆがんだ自分の顔を見て、

「これでいいのだ」

と頭で唱えて、もう見ないことにした。