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相も変わらずしみったれ

あほなんとちゃいまっか

マジで面白くないので読んだら後悔すると思います。覚悟してください。

 

 なんの知識を蓄えた上でもやっぱりおれはあほなんとちゃうやろうか、ということである。

 予兆は小学生の頃にあった。小学一、二年はまあそれとなりに授業を聞いていれば答えれるような問題だったために、基本的な成績は取れていたように思う。

 問題は三年の頃だった。担任も変わり、クラスも変わった。そして授業はちゃんと宿題やノートを取る必要が出てきた。漢字練習には何度も苦しめられた。インターネットとの出会いもあったので、僕は勉強をしない道を選んだ。いや、選ばざるを得なかったのかもしれない。勉強より何より、輝く液晶の窓はなにより魅力に思えた。

 たしか初めてSSを書いたのもこの頃だった。もちろん小学三年生の作品だからろくなもんじゃない上に、コピー・アンド・ペーストの存在さえ知らなかったので、片方にワード、片方にテキスト入力欄を置いて見ながら一文字一文字写植していた。その御蔭で今タイピングに関してはなかなかに自信を持てる。

 とにかく、そんな魅力的なパソコンとの出会いがあった小学生中期を堺に成績は天を下った。僕は「おちこぼれ」に属し始めた。スクールカーストの陰の部分となった僕は学校生活を苦しんだ。

 五、六年にまた担任が変わったが、僕の発言が支離滅裂を展開し始めた時に「山吹(名字にあたる)ワールド」という具合に取り扱ってくれないことが多かった。そんなことだから小学生時代はいい思い出もなく、その延長線にあった中学時代は、より陰に向かって進みだしたので暗夜の彼方である。

 中学時代はめっちゃまとめサイトを見ていた記憶がある。そしてマザーシリーズやスマブラを触るようになったのもこの辺だった。むろんこれらがあって今があるわけだけれど、本当に何の三年間だったかさっぱり覚えていない。ただ、間違いなくあほだった。成績は常に底辺で、学校すっぽかしてヘラヘラしててむちゃくちゃに怒られた記憶もある。

 底辺高校で過ごした高校時代はスマブラにすべてを費やし、そしてすっぽかしてヘラヘラして京都観光と贅沢にやった結果出席が危なくなった。受験シーズンは運ゲーを通してずっと本を読んだ。父親から「高校の友人関係は一生」と言われてまあそれなりに陰キャのうちで集って友人を数人こしらえたこともあったが、見事に全員交流がなくなってしまった。

 長々とした自分語りの末そして今に至るわけだが、今週大学にきちんと行ったのは水曜日だけで、それ以外はずっと読書と絵とぼけーっとに費やした。これらを踏まえて、おれは自分のことをめちゃめちゃにあほだとおもっている。

 そんなあほであるがゆえの悩みもある。あほな上に自意識過剰具合も振り切れてるので、なにかいいことがあったりほめられたりしても「いや、実は裏で俺のことを笑ってるんだ。そうに違いない。今こうして適当に喋ってる裏でも、めちゃくちゃに俺のことを悪く思ってて、そしてめちゃくちゃにあほだと思っているにちがいない。そしておれのことをあほだと思ってる人たちで集まって、おれのあほぐあいについて馬鹿にしあってケラケラ笑っていやがるに違いない。そうだ、こうして読んでいるお前も、今のこの文にたいして『やっと気がついたんか』とか思ってるに違いない。そもそも、そもそもだ。この『あほなんとちゃいまっか』ってタイトルを見て『なんやこいつあほのくせに』と思って開いたのに違いない。そうして馬鹿にする集団の一人がおれにさしつかわせて、適当に好意を巻いて、そしてその情報を裏に巻いてあほやあほやとわいわい、9%の酒でも飲んでケタケタ笑ってるに違いない」とかそんなことを思ってしまう。

 最近思った。あほでもあほやあほやと笑われてやったらええねん、ということ。

 どうせあほって言われるんやったら、って思ったらいいんじゃないか、って思い始めたらかなり楽になった。もういい、おれはあほや。あほなんとちゃうやろか、じゃない。ほんまもんのあほになってまえばええんや。けっけっけっ、おまえらおれがわざとあほらしいことやってることしてそんでわらってるんやったらお里が知れるなぁ、けっけっけっけっけっけ。って思い始めたのだ。

 むちゃくちゃな話である。そして、ここまで長々と自分語りをしておいて、こんなあほに付き合ってしもた、しょうもな、って思わせれたなら、そういうことなんでしょう。