サイド・ロード

相も変わらずしみったれ

かくことについて

 気がつけばSSも最後に投稿したのは5月であって、もう2ヶ月もちゃんと文章を書いていないことになる。恐ろしいことだ。

 気がつけば、といってもここ数ヶ月のことなのだが、もうほとんど絵の人になっていた。というか、そもそも、絵の人になりたくて絵の勉強をしていたが「なんかあんまりかわいくないぞ」というものばかりが増えるので嫌になったところもある。別にだからといって本を読んでいたわけではない。面白いからやってただけで、面白くなかったらやってないのだから、面白かったのだろう。

 とはいえちゃっちゃかちゃらちゃらと絵を描くことだけは諦めるようなそんな気分になることはなかった。SS書くのが大変だから、とかそういうこともあるのだが、それ以上に一瞬で衝動を与えられる絵について「つよい!」ということを漠然と思っていたからなのだ。文章は読まなきゃいけないし、二次創作となってしまうと前提知識も必要とする場合が多い。ことに僕のSSに至っては劇場内なんかで展開させてやるか、とばかりに好き勝手な場所でめっちゃマイナーなイベントのカードから好き勝手設定をしっちゃかめっちゃかして遊んでる。前提知識があまりに必要すぎるし、最悪見てる人は置いてけぼりになっちゃうのだ。自分の文章の源流が大槻ケンヂ中島らもその他の皆様方にあるせいで、全体的にアングラの空気が漂うそんな感じのSSになってしまう。

 そしてなんと、グリマスが終わってしまって、あらゆる資料の入手が少し難しくなってしまったこともあり、普通に思いつかなくてうにゃうにゃ、としているうちに絵を描くようになってしまった。ここまではまだよかったのだが、情景の空想の場所を80〜90年代ロックを参考にしだしたので、もうミリオンライブもしったこっちゃねえ、みたいなことになってきた。水戸華之介筋肉少女帯、KISS、人間椅子町田町蔵PANTA、あと少しの中島らも

 常に周りと違う変なところ見てないと気持ち悪くなるような人間なのかもしれない。大賢名作しかし一歩間違えば大愚駄作に通ず、みたいな道を暴走族が如くけたたましいラッパ鳴らして蛇行運転して真面目にやってる人に向かって「お高くとまってんじゃねえ百姓どもがよーーー!!」とか叫んでるみたいな感じである。いい迷惑だ。

 しかしまあ自分の絵についても文についても、どちらも技術不足を実感していて、あまりにもあまりにすぎるために、いま現時点の実力で何か一冊、本を作るとすれば挿絵とSSというものになるだろうな、ということだけは思っている。

 アウフヘーベンという言葉がある。ヘーゲルだったかが提唱したもので、AとBという別次元の存在を否定してCというより高い次元のものを生み出す、という感じの言葉である。さてこれSSのA、絵のBがアウフヘーベンとしてCになるか、あるいはただの足し算のDとなるか、未知数のEとなるか。