まちばり

つくりかけのおもいでのパッチワーク

2018年度 総括

 個人的には非常に異動の歳だった。しかたない。男の子の18歳というのは基本的に異動の歳なんであるのだから。

 大学に入学したが、後期は本当に二度三度しか通学することができなかった。これについては明確な原因がいくらかあった。

 ひとつは前期の工程である集団制作のようなものに対して、どうしても人間というものは多数集まると様々な生き様。それぞれに違う18年で肉体を形成したのであるが、私の場合、その中で全員が過ごした18年に対して共通項が非常に少なかったので、どうしても奇人、変人、個性人という見方をされてしまい、見ているむこうのほうは楽しそうなのだけれど、私からすれば非常に苦しいのであって、私も客観で見て回る側に回れれば楽なのだが、奇人、変人という枠組み担ってしまった以上それは叶わぬわけで、じゃあ今更影にこもる、というのもなかなかうまくいかない。結局なんか自分を形成するのに疲弊してしまい、じゃあもうええわ、ということで堕落、惰眠を貪る日々を過ごしたのだった。

 ふたつは、明確な破滅願望に近いもの、言ってしまえばメンヘラというものが非常に悪化、おおあばれ、堕落、明日が私の命日ですわ、の勢いでかろうじての生存をすることにニコニコしていたのであって、エナジードリンクをいっぱい飲んで無駄にいっぱい起きてみたり、無駄にいっぱい寝てみたり、裸足でおさんぽしてみたり、台風の中をランニングしてみたり、エトセトラなどと非常にむちゃくちゃをした。これらが悪化したのが6月、7月だった。おそらく気圧の影響などもあったのだろうと思う。

 みっつめは、とにかく履修が下手くそだったことにある。大学の単位システムは、埋めるコマと空きコマ、というのがあって、好きに授業を取っていいよ、とのことらしい、言ってしまえば知識のバイキング、食べ放題なのであって、賢い人であれば休み時間や生活習慣、のんびりしたい日などをきっちり決めて組むわけなのだが、私の場合本当にやりたい授業だけを入れる、いわゆる、バイキングでサバばっか食う、みたいなことを授業でやってしまったがゆえに、時間割はめちゃくちゃ下手な人のテトリスみたいになってしまったのであって、これでは通学しても5時間くらい暇を潰さなければならない、ということもよくあった。これに関してはもうただ、バカ、アホということ以外になにもない。

 あと単純に学校が遠くて行くのがしんどかったり、他人の視線恐怖症のために遅刻した教室にはいる、という行為ができないということもあった。学業の面ではこれボロボロであって、もうなんか、終わり、みたいなことになってしまったのである。

 あかんのである。なんとかしなければならないのである。しっかり反省をしていきたい思いが強い。

 

 ま、ま、そんなこと置いといて、やっぱ人生、死ぬまでの暇つぶし、趣味、これ学業、労働より大切なのであって、これを楽しむ、つまり人生に厚みが追加される、というわけで、起きて労働、そして寝るみたいな生活では何もなせないまま死んでしまう。でもね、趣味さえあれば人生は豊か、虹色なのだよ、おほほ、ということで、趣味の側面はというと、まあまあよかったんじゃないかな、というふうに思うのである。

 そもそも趣味に該当するのがどのへんなのかがわからないが、とにかく絵に関しては確実に一年前に比べれば爆発的に上手くなっているのであって、例えば以前までは絵を上げてもいいとこいって8いいね、とか、ま、それでも十分ありがたいのだが、今やなんかよくわからんけどめっちゃいいねもらったりしてるわけでして、こっちからしたら何も変わってないような気がするねんけどな。なんで? って感じなのであるのだが、ま、なんかいっぱい色んな人が褒めてくれるので、うれしいな、という感想である。それをきっかけで広がった交友関係もある。ただ、JASRACに目をつけられたら死ぬ。

 ギターは、まあ前よりかは非常にマシ、聞けるくらいにはなってきたんじゃないかな、と自負している。未だにFとか人差し指を押し付けるコードを長いことしてると指が死んでしまうのだが、レパートリーとかはまあまあ増えたのでよしとしたい。アルペジオ奏法なんてのもできるようになってきたしね。これで食っていこうとは考えてないのだが、カラオケ代が浮く上、JOYSOUNDだのDAMだので一喜一憂する必要がなく、最悪どっちにも入ってない曲でもコード表を作ってしまうアプリで作ってしまえばカラオケになってしまうので、これ非常に節約に役立っていて、ありがたいのである。

 読書のほうはまあ、さすがに最近はのんびりになってしまったが、なんか知らんけど20冊強読んだ月があってしまったりしてびっくりしたことがある。まあ、学校をサボりがちになったときなんだけど。ただ、おかげでやっぱり、素敵な言葉とか、いっぱい知ることができて、うれしいな、という気持ちである。

 

 さて、あとは楽しかった出来事である。基本的に前期中期に楽しかった出来事は強いてなかったのであるが、というかもう、アイドルマスターのオタクだった。5thのLVと豊田小旅行もなかなか楽しかった。といってもあそこはなんもなかったのだけど。ただ、仲良さそうな家族を見るとなんだか元気をもらった気分になる。6th行くんかなあいつ。

 あとはその後、ISFで合同誌に参加、初めて紙の上に私の作品をのせていただいたのである。なんでかしらんけど1P目に私のイラスト、最後に私の小説なのである。なんか申し訳ないな、とか思いながら。まあまあの苦節の上に出来上がったのであるが、小説も絵も当時の好きなものがもうふんだんにミックスされている。私の小説や絵は、その時の私のコラージュである。興味の年輪。

 そしてまあ、その後様々な物事があり、そのへんの界隈の方々と邂逅、現実に京都にまで来てもらい会話などをしたことが二度もあった。私ごときに時間を割いていただいてよござんすか、と思うのだが、なんかいいらしく、私もまあ、楽しいので、じゃあええか。ということで。

 これは言葉に置き換える、という作業をしたくない。私はこれらの出来事を言葉にくるめてしまってはよくないな、と思うのである。

 ”切ないことばかりだけど あの日があるから生きていける”

 

 死以外に救済などない、と錯覚し始めていたのはいつからだったろうか、と思った。

 今の私には、エムペドクレスを追うことはできない。

 

 にきさんからは年賀状までも送っていただいた。手帳に挟んでたまに見返したり、というよりかはお守りがわりに持ち歩いている。やっぱり、なんか形がある、アナログなものというものは、その場所に存在していて、質量を持っているので、それが煩わしいときも、とても嬉しいときも、ある。

 はがき一枚ぶんの質量に私は支えられている。

 

 総括するに、学業を放棄して比較的趣味を楽しんだけど、中期に軋轢で苦しみ、後期に希望をいだいた歳だったのではないか、と思う。大学は人生の夏休み、というふうな言葉があるが、私の場合はもう人生をバカンス、ジャマイカガンジャをモクモク、キノコ入りオムライスを「ラージ」と告げてムシャムシャしているのであって、少しのバッドトリップと、少しの悟りを得た。あとはどうするかだけ。

 誕生日まであと数ヶ月あるが、まあ、なんか大きな変化があれば簡単に追記していきたいな。

 

”いま希望を俺は感じているんだ いまひかりを俺は感じているんだ いまあなたを俺は感じているんだ いまひかりを俺は感じているんだ”

――町田町蔵+北澤組『祈り』