まちばり

つくりかけのおもいでのパッチワーク

雑感

・特に何かに宛てた話ではない。メモ的なもの。

 

・喜ばしくも19になった。だからといって劇的に変化したわけではない。が、3月という季節の特性なのか、ずっと気分が優れることがない。仕方ない。あと何故か右肩が常に痛い。

 

・絵が描けないぶん、文章がそのうち書けるかもしれない、ということだけ。想像がもっと持続的なものになってきた。積もり積もれば一つの話ができるかもしれないし、できないかもしれない。

 

・創作しなければ、と常に追われている人間の位置に今の私はいない。湧き出るイメージとそれを表現しなくては気がすまないという状態は幸福でもあろうが、苦悩でもあるのだろうな、ということを思う。今の私にそれはない。生きている心地もまた、一段と薄く感じる。創作だけが生きる道とは全くも思わないのだが……。

 

・最近、岩井寛の「森田療法」を読んだ。がんが全身にまわった著者は手も動かせず、目も見えず、それでも喋ることによってこの本は書かれた。ここで苦しみに耐えつつ死を見つめるも、さらなる苦しみの中で口述筆記を行うもできる、となったときに、前者をしたい、苦しみたくないという気持ちをあるがままに後者のより良い、人間としての尊厳を選ぶ、森田療法の”力強さ”がこの一冊を通して伝わってくる、いい本だった。

 

・最近寺山修司にやたらとハマっているのもあって「あしたのジョー」を視聴している。まだ本当に前半の、リングに立つ前までしか見ていないのだが、丹下段平がジョーのパンチに惚れ込みストーキング。野宿をするジョーに、わずかばかりの持ち金と一張羅のコートをかぶせて去り、その後ジョーが暴力団に囲まれたときには身を挺して守り抜き、その後ボクシングに協力的になったジョーが出した「3食昼寝つき 小遣い毎日500円」という無理なお願いを受け入れてついに働き始め、働いている最中は『ジョーは今頃きちんとトレーニングをしてくれていることだろう』と想い(その間ジョーはやんちゃしているのだが)、ジョーがやんちゃして集めた大金を偶然見つけたときには「きっと一緒にボクシングジムを建てようと渡した金を貯金してくれているのだ」と考えるなど、ものすごく「ダメ男と一目惚れした女の子」みたいな構図になっていて面白い。

 

スマブラのメインキャラが未だに定まらない。フォックスでもいいのだが、ただでさえ速い今作で足が速いキャラは目が追いつかないので苦しい……。

 

・どんどん「新しいものを摂取しよう」という気持ちが薄れていることに気がついてなんとかしたい、と思う。例えばゲームにしても新しく覚えよう、という気力が全く湧いてこないし、とにかく何かを始めよう、という気持ちが本当に無いに等しい。自分が覚えるのが非常に遅いということを自覚しすぎていて、恐れすぎているだけなのかもしれない…………言ってしまえば、もう何をするのも怖い。

 

・例えば白紙の紙。例えば読んだことのない著者の本。例えば開封されていないバームクーヘンの箱。たとえば一万円札。選択と可能性があるものについて、触ろう、という気が全く起きない。もう飽きた………………。